学術研究


CATSによる沿岸海洋環境の革新的計測と変動予測


 1970年代以降、海洋音響トモグラフィは、深海音響チャンネルの存在する外洋の水温・流速場を三次元的に計測できる革新的手法として発展してきました。しかし、浅海域への海洋音響トモグラフィの応用は、海底・海岸地形に起因する音波伝搬過程の複雑さゆえにこれまで十分試みられてはいませんでした。なお、わが国の沿岸海洋では、頻繁な船舶の通行と盛んな漁業活動のため長期間にわたる連続的な海洋観測が極めて困難であり、長期間連続的な沿岸海洋環境の面的なモニタリングと環境変動予測は、早急に取り組むべき重要な課題として残されたままでした。

 そこで、当研究室では、船舶の通行や漁業活動を妨げることなしに、沿岸海洋の潮流・海流場を長期間連続的にモニタリングできる新しい技術として、沿岸音響トモグラフィシステム(CATS)を提案してきました。この多数の音響局から構成された本格的な沿岸音響トモグラフィシステム(CATS)は、1994年以来、当研究室によって潮流場の三次元予測を目指して開発が続けられてきました。まず、2台の船舶吊り下げ型CATSを使用した予備実験により、音波伝搬時間計測によって非常に精度良く流速が計測できることが判明しました。次に、音響局の数を増やし、システムを係留型(自記記録型)にする努力がなされ、2002年初頭には8台の係留型CATSの開発に成功しました。

 この沿岸音響トモグラフィシステム(CATS)を利用すれば、湾内、水道部あるいは海峡部の潮流場変動を、短時間の内に連続撮影することが可能となります。また、水温・流速場の変動の激しい沿岸域では、短時間の内に水温・流速場を断層撮影できるこのCATSは特に有効です。それにより、海洋汚染物質の流動拡散過程や漁場の形成・移動過程を明らかにすることができます。それだけでなく、CATSを沿岸潮流モデルと組み合わせ、伝搬時間データを潮流モデルに同化することにより、天気予報のように明日あるいは数日後の沿岸潮流場変動あるいは沿岸環境変動を予測することのできるシステムとして大きく発展させることも可能になってくるでしょう。

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Fig. トモグラフィー係留系の模式図


Fig. 音響局の配置図(猫瀬戸実験)


Fig. 解析結果(猫瀬戸実験)
 (a) 潮流モデルの結果
 (b) CATデータを潮流モデルに同化した結果




商船ADCPによる黒潮を含む太平洋の海洋変動


 近年、「地球温暖化」といった地球規模での気候変動が問題になっています。しかし、こうした気候変動に対して、海洋は大きな熱容量を持つことや温室効果気体を構成する炭素の循環等の面で大きな役割を果たしていると考えられています。このように海洋は、地球環境の維持と形成において大変重要な存在ですが、その海洋の熱の分布や輸送量を明らかにするには、海流流速を広域にわたって正確に測定する必要があリます。さらに、エル・ニーニョや地球温暖化などの問題に対しては広域の流速計測を10年以上の長期にわたって継続することが求められます。このような観点から海洋観測法を眺めてみると、広域・長期という点を満たす有力な計測法として、人工衛星の海面高度計が挙げることができるでしょう。しかしながら、海面高度計では、地衡流バランスが成立するという前提のもとで海面流速を求めるため、この前提がどの程度成立するかを他の方法で検定することが必要になってきます。また、ジオイドの問題があるため流速の絶対値を正確に求めることは困難であるといえます。さらに、外洋の流速場データとしては、海面流速だけでは不十分なことが多いため、他の計測法と併用することにより海面下の流速場を評価する工夫も必要になってきます。

 そこで、現在、海洋学で広く利用されている音響ドップラー流速計(ADCP)を外洋を定期運行する商船の船底に取り付け表層海流場を長期間反復計測することができれば、人工衛星では計測困難な海面下の流速場データを航路に沿って得ることができます。ちなみに、表層流速場の地衡流バランスの程度は、商船ADCP計測とXBT、XCTD計測を同時に行えば、比較的簡単に調べることが可能です。将来、ADCPを外洋を定期運行する複数の商船に装備することができれば、人工衛星に匹敵する規模の広域海流データを長期間得ることも夢ではないでしょう。たとえ今回のような一隻の商船ADCPデータであっても、人工衛星の海面高度計と組み合わせれば、海流場の特性を解明する上で、より有益なデータセットを構成できるでしょう。

 当研究室では、1996年9月にJ-GOODプログラムの一環として、東京大学海洋研究所と協力して、西太平洋を定期運行している鉱石運搬船「FIRST JUPITER」の船底に音響ドップラー流速計(ADCP)を取り付けました。このようにして、文部省科学研究費「国際学術研究」、科学技術振興事業団「黒潮変動予測実験」などの支援のもとに、西太平洋を縦断する航路に沿った表層海流場を10年以上にわたって長期反復計測するプログラムをスタートさせました。

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Fig. 商船 『First Jupiter』


Fig. ADCPにより得られた流速ベクトル図